猫たち

ぼっこ日和…続き

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家に入ったぼっこに、わらわらと3びきのチビ達がやって来ました。
一匹はケージの入り口に、一匹はぼっこの横のケージ脇に、一匹はぼっこの頭上にあたるケージの上に…

3びきがぼっこをケージの上から温めているように囲みました…

血の繋がりもない、2ヶ月足らずうちで一緒になっただけの縁なのに、慈愛に満ちた献身の光景がそこにはありました。

毛布を上からかけても、3びきは動かず…
一晩、ぼっこの傍にいました。
次の日も、その次の日も…
入れ替わり立ち替わり、3びきはぼっこの傍にいて、それを見守るタマの姿もありました。

タマが近くに行くとぼっこと話をしているかのように、優しく静かに可愛らしい声で鳴きました。
私はこのときに、声で生き物を癒せる事を体感しました…
タマは声でぼっこを癒していたからです。

タマは人に自分の優しさを見せることを好みません。私が見ていると感じると、ぷいっとせざるを得ない…そんなクールで優しいタマ…

私は見付からないように…この時間が壊れないように離れて身を隠していましたが、
あまりの美しい光景に涙が溢れたほど、清い清い空間で本当に美しいやり取りでした。

ぼっこが夜に家に入るようになって、四日目の昼、ぼっこの命が尽きようとしていました…

息が出来なくなり懸命に最期まで生きようとするぼっこに、タマが応えました…

なんと、ぼっこの前でゴロゴロと仰向けになり、まるで怖くない、恐くないと慰め、そしてタマのぼっこに逢えた事への喜びを最大限に表しているようにみえました…。

見てはいけない…そしらぬ様にしてはいても、余りの意地らしさ…健気さ…貴方への愛を最大限に表しています…かの様なタマの心の表しに。
悲しいよりもこの二匹の絆の深さに 、全身全霊のタマの愛の表しに…

自分の固定観念の浅はかさを痛烈に感じ、この時間に居合わせて貰えた事に感謝しながら、涙はツタツタと流れ落ち…

ぼっこはタマに見送られ、逝くことができました…

ずーと…ずっと、一匹で生きてきたぼっこ
傷だらけの小さな身体で懸命に生きてきたぼっこ…
最期の2ヶ月、3びきに慕われて、タマとは日向ぼっこ仲間になり…

最期はタマに、周りに3びきもいて、寂しくない逝き方が出来ました。

猫が猫を看取る…
そんなことあるなんて思ってもみませんでした!!

絆とは、時間に比例するんじゃないと云うことも、私は猫たちの神聖な行いに立ち合わせて貰って、知ることが出来ました。

美しい美しい、猫でした…
キレイな声の猫でした…

今は一番陽のあたる場所で眠っています。
もう、天国にいるやろうけど…(^^)

ぼっこ日和、そんな猫の名前がついたblogです。
更新がなかなかやったりしますが、以後お見知りおき下さい(=^ェ^=)

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